大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和23年(れ)1455号 判決 1948年12月23日

主文

原判決を破棄し、本件を大阪高等裁判所に差戻す。

理由

辯護人鵜沢総明、同花井忠上告趣意第七點について。

原判決の認定した事実は、「被告人は昭和二二年四月三〇日施行の奈良縣會議員選擧に際し、添上郡選擧區から立候補したのであるが、これより前同年二月一五日奈良縣知事を經て、内閣総理大臣に對し昭和二二年勅令第一號第七條所定の調査表を提出するに當って、同一七年三月から一ケ年、添上郡東里村の大日本翼賛壮年團支部團長に就任していたに拘わらず、右事実を前記調査表に記載せず、以て調査表の重要な事項について事実をかくした記載をしたものである」というのである。そして原審が右事実を認定した跡を顧ると、原審はまず(一)原審公判における被告人の自供によって、被告人が昭和二二年二月一五日奈良縣會議員選擧に立候補した際内閣総理大臣に提出した資格調査表に、同一七年三月から一個年添上郡東里村大日本翼賛壮年團支部團長に就任していたことを記載しなかった事実を認定し、次いで(二)原判決擧示の證據を綜合して、被告人が前記期間右東里村翼壮支部團長に就任していた事実を認定した上、更に(三)これら認定にかかる事実に立脚して、被告人は故意に右調査表の重要な事項について、事実をかくした記載をなしたものであると推斷しているのである。

しかしながら、本件において果してかかる推斷が爲し得るのであろうか。

そもそも前記勅令第一六條第一項第一號に「調査表の重要な事項について……事実をかくした記載をした者」とあるのは、調査表に記載すべき重要な事項について、実在する事実を、その実在することを認識しながら、記載しなかったものという意味である。この認識の外に特定の事実を他人に知らせたくないために、これをかくそうとする意欲を有することは、必要としないのである。

さて、本件において、被告人が前記調査表に翼壮支部團長就任の事実を記載しなかった際に、被告人は果してその就任という事実の存在について認識があったであろうか。少くとも原審が判示するように、被告人がその地位に就任していたという事実だけから、本件調査表作成當時被告人にその認識があったということを推斷し得るのであろうか。一般的に言えば、人は自己の爲した行爲に關しては、これを忘却しない限り、常にその認識を有する。そして、人はその生涯における重大事に關しては疾病その他特別の事由のない限り、これを忘却しない。だから、本件においても、特別な事情がなかったとすれば、被告人が翼壮支部團長に就任していたという事実が確定された以上、被告人は常に--從って本件調査表作成當時においても--その事実について認識していたものと推斷し得たであろう。原判旨も亦これと軌を一にするものの如くである。然しながら本件においては、被告人は右翼壮支部團長就任の事実を否定しているのである。否、唯單に否定するに止まらず、積極的にかかる事実なきことを確信する心境にあったと主張するのである。記録にあらわれているその主張の要旨は、「被告人は昭和一七年三月初め頃東里村村長中北敬文から被告人を同村翼壮團長に推薦したことを告げられ、その事後承諾を求められたことあり、その際被告人は東里村には不在勝にてその任を果し難いとの理由でこれを辭退したのであるが、村長中北は既に縣本部へは推薦濟であり、事務は一切役場にて處理する故、唯名義だけのこととして承諾して貰いたい、一ケ年の任期滿了後は他の者に變更するから、と申していた。其の後何事もなく、勿論被告人において團長として執務したこともなく打過ぎていたのであるが、昭和二一年四月施行の衆議院議員選擧に立候補した際、資格調査表を提出するに當って、前示村長の言を思い出し、萬一名義上翼壮團長に就任せしめられ居るやも計られず、この事実を調査表に記載せずして罪責に問われてはと考え、一方調査表提出期限に迫まられるまま事実の調査を遂ぐるに由なく、取り敢えず該調査表には、昭和一七年三月より一個年東里村翼賛壮年團長に就任した旨の記載を爲してこれを提出したのであった。然るにその後町村翼壮團長の地位が、追放該當事由に擴大せられるに至って、被告人は一身上の重大事として前記中北村長についてこれが調査を爲したところ、同村長は一旦被告人を團長候補として縣本部に推薦したのであるが、被告人が明快な承諾を與えなっかたため、改めて新開正敬を團長として推薦し直し、これにより同人が翼壮創設以來解散に至るまで團長に就任していたという事実が明確にされたのである。されば被告人は本件調査表を作成するに當っては、當然右翼壮團長就任の事実はこれを記載せず、唯、前の調査表に右の事実を記載した關係上、その間の消息を詳述し、前に爲した記載が事実に反し錯誤に基ずくものたることを明らかにする辯明を附記し、これに證明書を添付して提出した。」というのである。

元來、被告人が翼壮支部團長に就任していたか否かの問題は、普通一般の場合においては、被告人自身の行為の存否に關する問題であり、その事実の存否についての被告人の認識の有無は、多く、その記録の有無及び強弱に係るのであろう。しかし、被告人が本件において主張する前記事実關係の下にあっては、村長中北敬文が全然被告人の關知しない間に、被告人を支部團長に推薦し就任せしめたというのであるから、それは被告人自身の行為に關するものではなく、全く他人の行為の存否に關する問題なのである。そして被告人は、その事実の存否を調査し、かかる事実の存在しなかったことを確認するに至ったと主張するのである。

從って若し被告人の主張が虚偽の陳述でなく、真実その主張するような事情の下において、本件調査表が作成せられたものであるとすれば、たとい裁判所によって被告人が翼壮支部團長に就任していたという客觀的な事実が認定されたということだけでは、直ちに被告人が主觀的に右事実を認識しながら敢てこれを調査表に記載しなかったものであると推斷することはできないのである。何となれば或る客觀的事実の不存在に關する被告人の認識は、そしてその認識に對する確信は、客觀的な事実の存在とは無關係に成立し、又無關係に保持され得るものであるからである。さらに又本件において、若し原審の右事実認定が真実に合致しないものとすれば(後段説示のとおり、原審の該事実認定には採證上の違法がある)、被告人の認識乃至確信こそ客觀的にも正當なのであるから、たとい原審が誤って支部團長就任の事実を認定したとしても、その一事により被告人が本件調査表に該事実を記載しなかったことにつき、被告人に故意があったとは到底いい得ないのである。又若し原審の事実認定が真実に合致するものとすれば、被告人の認識乃至確信は客觀的には正當でないこととなるのであるが、この場合と雖もなお主觀的に故意の推斷が許せないことについては既に前述したとおりである。尤も被告人がかかる誤った認識乃至確信を持つに至ったことについては過失あることが多いであろうけれども、その過失なき場合は勿論過失ある場合においても、被告人は本件事案につき問責せらるべきものではない。蓋し前記勅令第一六條第一項第一號所定の罪については、過失犯を處斷する特別規定が存在しないのであるから、刑法の一般原則(同法第三八條第一項参照)に照らして當然であるばかりでなく、右勅令罰則制定の基本である連合軍総司令部発日本政府宛昭和二一年一月四日附覺書第一七項が「故意の虚僞記載又は此等の中に於ける充分且完全なる発表の懈怠」及び「故意の虚僞記載又は不発表」等の文言を以て、その故意犯のみを所罰すべき趣旨を明示していることに徴しても亦明白なのである。

次に、若しそれ被告人の爲した前掲事実關係に關する主張そのものが虚僞であったとすれば、もはや本件において顧慮せらるべき何等の特別事情も存在しないこととなるのであり、從って被告人が翼壮支部團長に就任していたか否かの問題は被告人自身の行爲の有無の問題たるに歸着するのであって、ここにおいてはじめて原判決の判示した故意の推斷が肯定せられ得るに至るのである。されば原審は、右故意の推斷を爲すに當っては、須らく右被告人主張に係る事実關係の認め得られなかった所以について、首肯し得べき何等かの説示をしなければならなかったのである。しかるに原審は唯支部團長就任の事実を認めただけで、卒然として故意の推斷を下しているのであるから、原判決には理由不備又は審理不盡の違法があるといわざるを得ない。論旨は結局理由あるに歸し、この點において原判決は全部破棄を免れない。

辯護人鵜沢総明、同花井忠上告趣意第四點、同小田成就上告趣意第二點、同枇杷田源介、同禪野佐助上告趣意第一點の(二)について。

原審は、原判決に擧示する證據を綜合して被告人が判示期間東里村翼壮團長に就任していたとの事実を認定したのであるが、右原審引用にかかる證據の中、中北敬文に對する檢事の聽取書には、原判決摘録の供述に續き、論旨の指摘するような供述記載の存することは所論の通りである。そして、これを通讀すれば明らかであるように、その供述全體の趣旨は、同人は一旦被告人を東里村翼壮團長として縣本部に推薦したのであるが、被告人の快諾を得なかった爲め、改めて新開正敬を推薦し直しその承諾を得たというのである。換言すれば、被告人について一旦爲された推薦は何等効果をも擧げず取消され、全然無意義に歸したという意味に外ならないのである。證言又は聽取書の一部を措信し、他の一部を採用しないということも、證據の取捨としてもとより裁判所の自由裁量に委ねられているところであろう。然しそれはあくまでその供述の趣旨を變更することなく獨立して分離し得る一部でなければならない。然るに原審は論旨の指摘する通り、首尾一貫して前説示のような趣旨に外ならない右中北敬文の供述記載中、恰も被告人が翼壮支部團長に終局的に推薦せられたものの如く讀了し得べき一部のみを摘録して有効な推薦があったことを窺い得る資料とし、以て被告人の支部團長就任の事実を認定する綜合證據の一部に供しているのである。果して然りとすれば、原審は證據の趣旨を變更してこれを事実認定の資料としたものであり、結局虚無の證據によって事実認定をしたことに歸着するのである。論旨はすべて理由あり、この點においても亦原判決は全部破棄を免れない。

よって他の論旨に對する説明を省略して、刑訴第四四七條第四四八條ノ二に從い主文のとおり判決する。

この判決は裁判官全員の一致した意見である。

(裁判長裁判官 岩松三郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 真野毅 裁判官 齋藤悠輔)

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